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江戸時代の身分制度が出来た理由?考えてみると色々気付きます!

久しぶりに、大学の時の友人と話す事が有ったので
盛り上がっていたのですが、その彼から
こんな質問が・・・・

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「日本の江戸時代は、文化の面では非常に豊かで、良い時代だと思うけど、身分制度もありましたね?あの身分制度は、何故あったのですか?

お察しの通り、この友人は、当時留学生として大学に来ていた外国の方です。

はて・・・江戸時代の身分制度????
と思っていたのですが、そういえばありました!

「士農工商」と言うやつですね!

この事を習った時の先生からは
こんな話を聞いた事を覚えています。

「農民に、武士の次に高い位を与えたのは
 農民に我慢してもらう為だ!」


あの頃も、少し疑問だったんですが、まずは
何故、身分制度を作らなければならなかったのか?

その辺りの事を調べてみる事と致しました。


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士農工商とした理由

江戸時代と言えば、安定した政治的基盤が
出来上がった時期でもあります。

そうなってくると、戦争はほとんどなくなります。
普通に考えると、武士の面目を保つ為に・・・
なのですが、果たしてそうでしょうか?

以前、大学の歴史の先生が言っていた事を
思い出しました。

「日本の歴史は、第二次世界大戦で敗北してから
 多くの物が書き換えられたと言っても良い。」


う~ん。
確かに、歴史とは「勝者の歴史」なんですよね!

「裏歴史」とか「隠された真実」と言う物が存在するのも
この勝者の歴史が、情報統制によって、その後の
「常識」となるのが普通なんですよね。

じゃぁ、戦前の教育では、どんな事を教えられていたのか?
ちょっと調べてみました。

そうすると、いわゆる「士農工商」という身分差別は
あまり存在しなかったとの記述が・・・

というか、進駐軍によって、戦前の日本の歴史に
「酷い国!ニッポン」という感情を受ける様に
再教育がされていたとの記述があるようです。

つまり「士農工商」の身分制度は、敗戦後の
日本の歴史の教育の場で、ミスリードされたと
いう事になりそうです。

本当は?

では、本当の江戸時代の身分制度は、どんな物だったのか?
どうも、身分制度は有ったようですが、それは
「武士、農民、町人」の3つだけだそうです。

その他に、これらの属さない人も居たようですが
基本的には、この3つ。

しかも、厳格な身分の区分けも無い様で、
武士が、農民と同じ様に、田畑を耕して暮らしていたり
農民でも才能があれば、武士になる事が出来たと言われています。

ただ、貧富の差は有ったようですね。
ただし、私たちが認識している、「水飲み百姓」と言う様に
農民が虐げられていたという事は、無いようです。

総じていえば、武士の方が貧しかったと言えるそうです。
なにせ「武士」の階級の人は、人口の半数を占めていた
と言われています。

つまり、お城に勤めて、藩などから、いわゆる給料を
もらっていたのは、「エリート」と言われるごく一部
武士という事ですね。

さいごに

こと歴史の事に関していえば、なかなか本当の事は
分からない様になっているようです。

ここで述べた物も、色々と探して調べてみて
探し当てた物ですが、実は、これも間違いなのかも
知れないですね。

でも、多彩で華やかな文化が、花開いた江戸時代
なんとなく、酷い身分制度があったとは、思えないですね。

徳川家康が、天下統一を行い、約300年もの間
戦争がなかった事を考えると、心身ともに鍛えていた
いわゆる「武士」という存在は、少なかったのでは?

それよりか、毎日農作業で、肉体を鍛えていた農民の方が
マッチョで強かったのかもしれないですね。

こんな風に、ちょっとした歴史の裏舞台などを
想像するのは、意外と楽しいですよ!

時間がある時には、空想でも良いので
「もしかして歴史」を考えるのも、良いかもですね!


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