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縄文時代の衣服とアクセサリー

あさみちゃんは小学校5年生。以前担任で今は小さな学習塾を開いている
神山久美先生の所に、今日も遊びに来ています。

あさみちゃん「今日先生がしているペンダント、とってもきれい」

久美先生「そう、ありがとう。沖縄へ行ってきたお友達のお土産。貝でできているの。穴をあけてチェーンを通してあるのよ」

あさみちゃん「貝で?そういえば縄文時代って貝塚が多かったよね。貝をいっぱい食べていたんだよね」

      「ねえ先生、縄文時代の人たちも貝で何か作ったのかなあ、そんなふうにおしゃれしたの?」

久美先生「遺跡からはイヤリングとかブレスレットも出土しているから、きっとしたと思うわよ」

あさみちゃん「イヤリングって耳に着けるのだよね。どうやってつけたのかな?着ているものももおしゃれだったの?」

久美先生「じゃあ今日は縄文時代の人たちの衣服やアクセサリーについて見てみましょう」

あさみちゃん「やったあー」


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あさみちゃん「でもね先生、ずっと昔の縄文時代の人たちがどんな服装をしていたかなんてどうやってわかるの?」

久美先生「デザインがはっきりわかるような衣服そのものは残念ながら出土していないけどたくさん出土している土偶で様子は想像できるし、それに布は発見されているのよ」

    「ずっと昔の衣服というと、動物の毛皮を着ていただろうって想像するわよね」

あさみちゃん「うん、するする。剥いだ皮をかぶっていたり、穴をあけただけで腰のところをひもで縛っていたり」

久美先生「でもね、縄文時代の前の旧石器時代にはもうすでに動物の骨や角で作られた縫い針と思われるものが出土しているの」

あさみちゃん「へえ、すごいねえ。針ってすごく小さくて細いのにねえ」

久美先生「針を作るだけでも細かい作業だし、毛皮を縫って着ていたというのが何か当時の人の生きることへの気遣いを感じるでしょ」

    「縄文時代になると、植物のカラムシやアカソ(赤麻)から繊維を取り出してそれを縦、横に編みこんでいったの」

    「“編布”、別の名を“アルギン”といって、横糸に2本の経糸を捩りながら織っていくのよ」

あさみちゃん「なんだかすごく高度!」

久美先生「目の粗い布が出来上がるんだけど、それを縫って服にしあげるの」
     
    「福井県の『鳥浜貝塚』ではたくさんの繊維製品が出土しているし、北海道の『斜里朱円周堤墓群』から出土したお墓からは人骨に付着した布が発見されているのよ」

あさみちゃん「それで、デザインは?」

久美先生「全体としては襟のところはVネック、長めの上着で複雑な文様が入っている感じかな。上下に分かれているようにも見えて、ズボンのようなものをはいているのかしら」

    「青森県『亀ヶ岡遺跡』の遮光器土偶とか、土偶ってたいてい両足がはっきりわかるわよね。先生はどうにもあの足が素足には見えないのよ」

あさみちゃん「うう~ん、つまりワンピースではなく上下のパンツスタイル」

久美先生「そればかりでなく、中期の『棚畑遺跡』(長野県)から出土した“縄文のビーナス”は丸い帽子のようなものをかぶっているし」

    「山梨県の『鋳物師屋遺跡』の円錐型土偶は真ん中に妊娠による正中線というのが入っているんだけど文様も描かれていて、衣服だとすると長めのワンピース」

    「同じく中期の“縄文の女神”(山形県の『西の前遺跡』)はケープのようなものを肩からかけているのね」

    「つまり、縄文時代はとっても長いし、季節や地域によっても傾向は違っていたと思うから、一概には言えないけど、けっこう派手なデザインだったのではと想像できるの」

    「それと、土偶の多くは女性だったわよね。男性のものもあるけどちょっと簡素。衣服も女性に比べると簡単なものだった考えられている」

あさみちゃん「文様とかなかったの?」

久美先生「文様は魔除けの意味があったのではないかということなのね。それで女性の衣服には描かれていた」

あさみちゃん「アクセサリーは?」

久美先生「縄文時代の遺物の中で装飾品と思われるものは本当にたくさん出土しているの。材質はヒスイも含めた石、木、土、貝や動物の角や牙」

あさみちゃん「土って?」

久美先生「土でできたつまり土器と同じように作られたアクセサリーよ」

あさみちゃん「土偶の他は生活に必要なものしか作らないと思った」

久美先生「いろいろなアクセアサリーを色々な材料で作ったのね」

    「まず上からいくと髪飾り。ミミズク土偶の様子からもわかるけど、遺物もあるのよ」

    「草創期から前期の遺跡で『鳥浜貝塚遺跡』(福井県)出土の“赤色漆塗り櫛”。今から6000年くらい前のものではないかといわれているんだけど、9本歯のとても美しい櫛なの」

あさみちゃん「そんな昔から漆塗りってあったんだ」

久美先生「そうね。それに赤く塗られているのでこれもお洒落というより魔除けの意味が強いわね」

    「耳飾りも“耳栓”といって耳たぶに穴をあけてそこにはめ込んじゃう丸いものと穴はあけるけどそこにひっかけるタイプの“穴状耳飾り”があるの」

    「素材は土製や石。それに首飾り。もうこれは本当にたくさん出土しています。ヒスイや貝や動物の角など。それと腕輪ね、こちらも豊富」

    「また、腰には紐を結んでいたと考えられていて大麻で作った三つ編みの紐が発見されているの。それに腰飾りも付けていたのではないかと推定されているわ」

あさみちゃん「へえ、お洒落だねえ」

久美先生「それだけではないのよ。足首にも今のアンクレットのように飾りをつけていたと考えられているの」

あさみちゃん「全身アクセサリーまみれ!」

久美先生「それをいうなら、魔除けまみれ!」

    「こんな風に装飾品が多いというと、邪馬台国の卑弥呼などからシャーマンを連想するわよね。つまり特別な人が身に着けていた」

あさみちゃん「卑弥呼は知っているよ。女王だったんだよね」

久美先生「そう、でもね、いくら縄文時代が長いということを考慮に入れても、その量の多さを考えるとやはりごく普通の人がつけていたということになるの」

あさみちゃん「み~んな魔除けのお洒落をしていたということ?」

久美先生「そういうこと。」

    「それにね、こういう身に着けるものをだれが作っていたか、なんだけど」

あさみちゃん「やっぱりおしゃれ心のわかる女の人」

久美先生「それもあるかもしれない。でもね、道具の歴史をたどっていくと、細かい作業を必要とする石鏃や釣針を作ったのはやはりそれに従事する人たちだと考えられるの」

あさみちゃん「どういうこと?」

久美先生「装飾品を作った人は石鏃や釣針を作れる人たちだったのではないか、つまり男性が作ったと考えるのが妥当だということ」

あさみちゃん「へえ~、女の人のお洒落のために男の人が頑張るのかあ」

久美先生「お洒落のためというよりは魔除けよ」

    「女の人は子供を産むでしょ、それに育てる。平均寿命が15歳かそれ以下だったと推定されているからこれは集落にとってはとっても大事なこと」

    「だから集落をあげて、みんなで女性を守ったの」

あさみちゃん「平均寿命そんなに低かったんだ。で、女の人が大事にされていたんだね」

久美先生「そう、それが女性の衣服や装飾品に表れているというわけ」

あさみちゃん「なるほどねえ」

あさみちゃん「先生、縄文時代の衣服とか装飾品とか、本物でなくてもいいから見てみたいなあ」

久美先生「『上高津貝塚ふるさと歴史の広場』(考古資料館)があるわよ。衣服や装飾品だけでなく縄文人の衣食住についても展示されているの」

    「衣服は着ることもできるので、感想を聞かせて」

    「行き方は、JR常磐線の土浦駅から「イオンモール土浦行き」に乗って10分。終点で下車してから歩いて20分、詳しいことはHPを見て確認してね」

あさみちゃん「着てみる、絶対!」


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