スポンサードリンク

縄文時代の生活道具

小さな学習塾を開いている神山久美先生は小学校の元教師。教え子だったあさみちゃん(5年生)が今日も遊びに来ています。

あさみちゃん「先生この間ね、縄文時代の体験授業で火を起こすことをやったんだよ。すごく大変で、手が痛くなっちゃった」

久美先生「それはごくろうさま。ちゃんと火はつきましたか」

あさみちゃん「手伝ってもらって火はついたんだけど、昔の人たちは火をつけるのもいちいち苦労したんだねえ」

久美先生「そうねえ、でも毎日のことだったからけっこう慣れていたと思うけど」

あさみちゃん「縄文の人たちは森で採れた木の実を主に、お肉もお魚も食べていたんだよね。縄文土器は木の実を煮るために作られるようになった」

久美先生「そう、それまでの石器や木製のものに加えて、土をこね成形して焼くという技術を手に入れたわけ」

    「以前の時代に比べて気温が高くなったということが大きく影響しているのよ」

あさみちゃん「火をおこすのに“火きり棒”と“火きり板”というのを使ったけど、土器の他にも色々と道具はあったんだね」

久美先生「木製品はなかなか遺物として残らないから、想像するしかない」

    「でも、“火きり棒”と“火きり板”は北海道の『忍路土場遺跡』から出土しているからだいたいわかるの」

    「後期中葉の遺跡だけど、似たような発火具はきっとずっと前から使われていたのではないかしら」

あさみちゃん「他にもいろいろな道具ある?」

久美先生「あるわよ。あさみちゃん、今日は縄文の人々がどんな道具を使っていたのか見ていこうか」

あさみちゃん「そうしましょう、そうしましょう」


スポンサードリンク



久美先生「縄文時代の人々の生活を支えていたものは狩猟と漁撈と採集。狩猟と採集といえば旧石器時代の生業で、以前は縄文時代もそう考えられていたのよ」

    「それが『三内丸山遺跡』の発見で採集だけでないく栽培も行っていたことが分かり、改めて土器が出現した意味を検証していったのね」

    「それと温暖化による“縄文海進”。海が近くなり浅瀬での漁が容易になった」

    「落葉広葉樹林が豊富な木の実をもたらし小型獣を育てて定住を可能にしただけでなく、海の恵みも与えてくれたの」

    「各地で発見されている“貝塚”がそれを物語っているわね」

あさみちゃん「つまり、狩りや釣りなんかの道具があるはずってことだね」

久美先生「そう。まずは狩猟、狩りからね」

    「マンモスとかトナカイ、ナウマンゾウといった大型の哺乳動物が日本列島からいなくなって、二ホンジカやイノシシ、ノウサギなどの中・小型の哺乳動物が狩りの対象になります」

    「道具もそれらに合わせて突き刺すような大型の尖頭器などではなく石槍や弓矢が活躍するのね」

    「石槍は有舌尖頭器といって投げやり、矢は石鏃といって先が鋭くとがっていて石や黒曜石でできているの。竹や木の棒に着けて使ったのよ」

    「弓は150~160㎝もある長弓で射程距離はとても長かった(約30~40m)とされているわ」
    
あさみちゃん「すばしっこい動物を狙いを覚めて射止めたんだね」

久美先生「そういうこと。犬も伴っていたのではないかと考えられているのよ」

あさみちゃん「へええ、その時から犬と人間は友達だったんだ」

久美先生「そうね、狩猟の次は漁撈。釣りをしたり貝を採ったり」

    「漁撈の道具はだいたい動物の骨や角、つまり骨角器で作られていることが多いです。きっと細かい細工がしやすかったんだと思うわ」

    「ここでは宮城県松島の『里浜貝塚』を参考に見ていくんだけど、まずは釣り針。本当にたくさん出土していてお魚が豊富だったことがわかるわね」

    「それから“ヤス”という魚を突く道具。先が鋭くとがった刺し具や突き具と多いのが特徴かな」

    「鏃では鹿の角だけでなく、エイの尾の棘も使われているの」

あさみちゃん「いろいろなものを使って、すごく工夫しているんだね」

久美先生「“銛”も骨角器で、単式銛と離頭銛があるんだけど、離頭銛では回転式銛頭というのが北海道のオホーツク地方で発見されているのね」

    「銛の先が刺さったら、体内で回転して抜けにくくするように加工されているんですって。大型の獲物に使われたのね、弱ってきたら第二・第三の銛を放つということよ」

あさみちゃん「何だか迫力があるね」

久美先生「網で捕まえる方法もあって網にはちゃんと石錘(せきすい)と呼ばれるおもりもついています」

あさみちゃん「石でできているの?」

久美先生「そうなの。溝がつくられていて網が固定するようになっているの。釣り糸にも使われし、浮子として利用されたと思われる軽石も出土しているのよ」

あさもちゃん「へえ、充実しているんだね」

久美先生「サケやマスを捕獲するための“えり”と呼ばれるもの、つまり魚の通り道に袋のような形に簀をたてて、入った魚が出られないようにした仕掛けもあるの」

    「ブドウの皮で編んだ簀立ても発見されていて川での漁が高度に発達していたことを物語っているわね」

あさみちゃん「なんか、そのまま今でも使えそう」

久美先生「本当にそうね。それと製塩土器。海草についた塩水を天日に干して濃くした後、それを土器に入れ煮詰めて塩を取り出したと考えられているの」

あさみちゃん「他の、木の実や魚を煮た土器とどう違うの?」

久美先生「長い間煮詰めなくてはいけないでしょ。内側から水分が漏れないように磨きがかけられていたんですって」

あさみちゃん「すごい!昔の人の知恵もすごいけど、違いが分かった人もすごい!他にも道具ってあるの?」

久美先生「まだまだあるわよ。調理道具では堅い木の実を割るための“敲石”、すりつぶして粉状にするための“石皿”や“磨石”」

    「道具を作ための道具が作られるようになるのも縄文時代に入ってから」

    「“スクレイパー(ヘラ)”は木や骨を削ったり表面についたものをこそげ落としたり、皮をなめしたりするのに使われた道具」

    「“石匙”はスクレイパー以外のヘラ。上部がつまみ状になっていて縄文時代に入ってから登場するすぐれものよ」

    「つまみのところに紐をかけて携帯していたり、その部分にタールが付着していたので、柄を付けて使われたりもしていたらしいの」

あさみちゃん「もう、まったく覚えられない!」

久美先生「“石錐”は骨角器に穴をあけるためのもので楔型石器、別名“ピエス・エスキーユ”と呼ばれるものも切ったり穴をあける道具」

    「“礫器”は旧石器時代より使われた古いものだけど用途に応じて割ったり削ったり、石斧のように使ったりと健在」

    「“有溝砥石”というのは一部が溝状に凹んでいて、整形したり研磨したりに使われていたと考えられています」

    「旧石器時代からある石斧も用途に応じて変化し、木製品を作るような細かい作業や定住に入った縄文時代では特に土木関係の道具として形を変えていくの」

    「握るのではなく柄を付けてスコップのように使って土を掘ったり山芋など根の深いものを掘るのに使われたのが“打製石斧”」

    「刃を鋭くした“磨製石斧”は樹木の伐採や枝払いに使われたと推定されているのよ」

あさみちゃん「“縄文時代”で土器の時代だけど、硬い石は便利で色々使われていたんだね」

久美先生「そうねえ。それとどういう作業にはどの堅さのどのような石が適しているのか、縄文の人たちは本当によく知っていたということ」

    「忘れちゃいけないのが木製のものや布(衣服など)など。植物性のものってなかなか残らないのよね」

    「きっとたくさんの木製品・布製品も作られていたと思うの」

あさみちゃん「そうだね。そう考えると縄文時代は生活用品や道具が前の旧石器時代に比べると一挙に増えていった時代なんだ」

久美先生「定住と生業の多様化の結果ともいえるけど、人間はたくさんのものを作り始めたのね」

あさみちゃん「先生、縄文の人々の生活の様子ってどこかで見ることできる?」

久美先生「色々なところでできるけど、大きなところではここかな、『国立科学博物館』。展示物が充実しているし交通の便がいいのでお薦め」

    「JRの“上野”からだと徒歩5分。東京メトロ銀座線や日比谷線の“上野”からだと徒歩10分、京成線の“京成上野”でも徒歩10分よ」

    「休館があったり、特別展示もあるからHP.をよく見てね」

あさみちゃん「は~い!帰りにパンダ見てきま~す」
     


スポンサードリンク


あわせて読みたい関連記事

サブコンテンツ

このページの先頭へ