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弥生時代の庶民の服装

明治の香りをそここに残す老舗の古書店。

染み付いたかびくさい空気がいい具合に天井近くの本を燻しあげ、絶対に人の手の届かないことをいいことに永い眠りについています。最新鋭の電気機器はただ低くうなるばかり。どうにも勝負になりません。

現在の店主は元小学校教師の正木明人先生。なれない値段つけに四苦八苦の毎日。たかや君は当時の教え子。中学生になった今も「先生」と慕って毎日のようにお店にやって来ます。

それも何かしら疑問をもって。

たかや君「先生、こんにちは!」

明人先生「やあ、こんにちは。おや、今日はまた格好いいじゃないか。そのジャケットよく似合っているね」

たかや君「ああこれ、N.Y.で流行っているとかで、叔母がお土産に買ってきてくれたんです。

    「けっこう前から友達の間でも評判で、何人かはもう持ってますよ」

明人先生「へえ、すごいねえ。そうやって直ぐに買えて広まっていくんだね」

たかや君「それで思ったんです。大陸や朝鮮半島から稲作や青銅器・鉄器が入ってきたとき、着ているものだって影響を受けたんじゃないかなって」

    「だって物珍しかったでしょ、違う服を着ている人たち。これみたいに服装って広がるの早いですよね」

明人先生「うん、そうだね。高松塚古墳の壁画なんかでは当時の中国の服装とよく似たものを着ている婦人たちが確認されているね」

    「影響はすごくあったと思うよ」

たかや君「テレビで見たことあります。でもその人たちは当時の身分の高い人たちでしょ」

    「弥生時代の普通の人たちって“貫頭衣”を着ていたって聞いたことがあります。“貫頭衣”って大陸からの影響でそうなったんですか」

    「それとも影響を受ける前の衣服ですか」

明人先生「わかった。それでは今日は弥生時代の普通の人たち、つまり庶民人たちの衣服について探ってみよう」

たかや君「お願いします」


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明人先生「まずは当時の史料として『魏志倭人伝』をみてみよう。残念ながら日本側には文字によって書かれたものはまだ無いからね」

    「それによると“男子は木綿の布を頭に巻いて、衣服は幅広の布を結ぶ合わせるだけでほとんど縫われていない”とある」

    「そして“婦人は髪に被り物をし後ろに束ね、衣服は一重のように作られ、中央に孔をあけた貫頭衣”と書かれている」

たかや君「あ、やっぱり“貫頭衣”ですね。でも男性の衣服はなんか感じが違うなあ」

明人先生「それでは丁寧に見ていくよ」

    「まず“貫頭衣”というとどんなふうに作られたとイメージする?」

たかや君「幅の広い長い布を横に折って腕が通る部分を残してあとは縫います。そして折った部分は頭が出るように穴をあける」

    「ぼくでも作れそう。“貫頭衣”って頭を貫くって意味ですよね。つまり刳り抜く。そうじゃないんですか?」

明人先生「うん“貫頭衣”はそうだけど、どうも実際には微妙に異なるらしいんだ」

    「縄文時代は“アンギン”といって布は編んでいたんだが、弥生時代になると織り機が登場するよ」

    「縦糸がセットされた織り機に1本1本縦糸に対して上下に横糸を通していく」

たかや君「あ、何だか見たことあるかもしれない!」

明人先生「そうだね、今でも似たような道具はあるかもしれない」

    「でもね、ここが肝心。このような織り機が弥生時代の遺跡の何か所かで出土しているんだけど、それほど幅の広い布はできないんだ」

    「せいぜい30㎝くらいだといわれている」

    「つまり布を横にして前後で合わせ頭を出すようしたとしても、身を覆うほどの丈がないことになる」

たかや君「そうするとどうなるんですか?」

明人先生「織布を2枚そのまま縦に使い頭と腕の出るところは残して脇を縫う」

たかや君「なるほど、ちょっと着物に似てますね」

明人先生「これだと首のところが“V”になるからまさに着物に近いね。腰のところは細い帯のようなひもで結んでいたのではないかといわれている」

    「そしてそのまま下までいけばワンピースタイプで横幅の布を巻くとツーピースタイプ。だいたいこの二つがあると考えられる」
     
    「これが女性の場合で、イメージの“貫頭衣”とはちょっと違うけど“着方”として頭からスルッと着るということからは“貫頭衣”といえる」

たかや君「ホント、そういうことか。ところで先生、男性については“貫頭衣”とも書かれていませんでしたけど」

明人先生「こちらはもっと難問。“ほとんど縫われていなくて結びあわされている”とはどういうことか、だよね」

    「一つは大きなマフラーのように横幅の布を首から下げて前で結ぶ仕方」

    「もう一つは“袈裟衣”といって女性の場合のように肩から布を下げたような感じで着て腰のあたりでひもで結ぶタイプ」

    「これだと一方の脇のところを縫うことになり、“ほとんど縫われていない”の語句に近くなる」

たかや君「なんだか男性はだいぶ大雑把ですね」

明人先生「女性の前合わせの“貫頭衣”とさほど変わりないというのもある」

    「後の古墳時代の埴輪の様相から推測して、上衣は女性と同じで下はズボンのようなものではなかったかということだ」

    「どちらにしても男女を問わず庶民の服装の場合、布が貴重だったということからたっぷりとした服装ではなかった」

    「袖はなかったし、染色もされてなかったということだよ」

たかや君「縄文時代の服装は土偶などから考えて文様があったと思いますが、弥生時代はどうなんでしょう?」

明人先生「うう~ん、そこまではわからない。研究者などが提示しているものを見ると、縄文よりもずっと地味な服の印象を受けるけど」

たかや君「それも身分制が出現したせいでしょうか?」

明人先生「そうとも言える。縄文の時の文様には“魔除け”の意味がったけど、そういう必要もなくなったのかもしれない」

たかや君「何か個性もなくなったようで寂しいですね」

明人先生「でも、庶民だからといって画一的では決してないよ。弥生時代の普通の人々がみんなこのような服装していたわけではないだろう」

    「地域によって、それに専業の作業によっても服装は違ってくると思う」

たかや君「そうですね。わかりました」

たかや君「先生、実際に服装って見ることはできますか?」

明人先生「京都に“風俗博物館”というのがあるよ」

    「博物館というと教育委員会や埋蔵文化センターなど公共の施設が多いけど、こちらは一般の財団法人が運営しているところだ」

たかや君「どう違うんですか?」

明人先生「個性的なものが集中して展示されている」

    「古代から現在までの服装についてみることができるけど特に平安時代『源氏物語』の様子を描いた等身大の展示は圧巻」

たかや君「いや、ぼくは今回弥生時代のものを観たいのですが」

明人先生「大丈夫、今回話に出た弥生時代の庶民の服装もちゃんとあるから。服装の移り変わりを見るのもいいと思うよ」

    「前の縄文時代、後の古墳時代との違いを見てきてほしいな」

たかや君「わかりました。場所はどこです?」

明人先生「京都駅から市バス9番に乗って西本願寺前で下車、そこから歩いて約3分」

    「京阪電車では七条駅から市バス206番に乗ると七条堀川で下車。歩いて約6分」
    
    「阪急電車だと四条大宮駅で降りて市バス28番に乗って西本願寺前で降りるとすぐだよ」

    「展示の切り替えなどで休館の時があるから、HP.で確認した方がいいね」

たかや君「了解です!」


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