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弥生時代の島

元木明人先生はもと小学校の教師。ある日突然父親が仕事を辞めると言いだし、さあ大変。せっかく就いた教職でしたが、3代続く老舗の古書店を自分の代で無くすわけにもいかず。

慣れない商売の道へと足を踏み入れました。

今ではチョークをはたきに持ち替えて、あっちをパタパタb、こっちをサッサカ。先生を呼ぶ子供たちの賑やかな声も今は昔。

新たな持ち主が現れるまでのひと時を本棚でひっそりと待ち続ける本の守護者となりにけり。

当時の教え子たかや君は中学生の男の子。先生を慕っては毎日のようにやってきます。

たかや君「先生、こんにちは!」

明人先生「やあ、こんにちは。今日も元気だねえ」

たかや君「そうでもないですよ。僕ちょっと考えちゃったんです」

    「今日学校で“島の暮らし”について勉強したんですけど、こんな便利な時代になっても島での暮らしって大変なんですね」

    「天候が悪くなると船も来なくなるし、新聞や郵便物だって何日かに1回なんて所もある」

明人先生「確かにね。本土からどれくらい離れているかにもよるけど、台風などの影響で何日も孤立することもあるそうだから」

たかや君「それでもインターネットなどの発達で繋がっているってことは昔よりずっと現在はありますよね」

明人先生「それは言えるね。“孤立”って言う意味はだんだん薄くなってきているといえるだろう」

たかや君「先生、ずっと昔の弥生時代にはどんな風だったんでしょうね。もっともっと“孤立”していたんですか?」

明人先生「そうだな、では今回は弥生時代の“島”の様子についてみてみようか」

たかや君「よろしくおねがいします」


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明人先生「島といっても日本には六千以上の島があるし、その中で名前のある島をとってみても4900くらいある」

    「今回は本州とも近い島2つを見ていくとしよう」
    
    「まずは種子島から」

たかや君「“鉄砲伝来”で有名なところですよね」

明人先生「そう、大隅半島の南に浮かぶ南北に長い島だ」

    「ここは歴史が古く旧石器時代にはすでに人が住んでいたという数少ない離島の一つだよ」

    「『銭亀遺跡』や『横峯遺跡』・『立切遺跡』・『大津保畑遺跡』が発見されている」

    「その後の時代も人々は住み続け、九州南部の縄文文化とほとんど同じ様式の土器も確認されているんだ」

たかや君「古くから人が住んでいて九州と同じ生活。あまり島として離れていたという不利な点は見られないですね」

明人先生「さらに弥生時代になると別の面が出てくるよ。稲作が入ってくる。それも日本で最初にもたらされたところとして知られている」

たかや君「ええ?北部九州ではないんですか?大陸中国か朝鮮半島から来たんでしょう」

明人先生「考古学的な調査からは佐賀県唐津市の『菜畑遺跡』が現在最古の水稲耕作遺跡と考えられている」

    「稲作が入ってきたルートとして3つが推定されている。一つは朝鮮半島経由ルート、もう一つは江南からの直接ルート」

    「そしてもう一つが南方経由ルートだ。これが南西諸島を経由するルートで九州よりも早く種子島に稲がもたらされたという所以だよ」

    「実際に古代米の一つ“赤米”を奉納する儀式が古くから神社で行われていんだ」

たかや君「へえ、すごいですねえ」

明人先生「残念ながら弥生時代の早い時期での遺跡は確認されていないけど、『広田遺跡』という後期から7世紀まで続く墓地遺跡が発見されている」

たかや君「“墓地遺跡”ってなんですか?」

明人先生「“墓地遺跡”とは住居跡などはない遺構で埋葬墓が確認されているんだ。90基の埋葬遺構から157体の人骨が見つかっている」

    「形態としては古代中国の埋葬の影響が見られるようだけど、人骨の多くは南海産の貝でできた美しいアクセサリーを身に着けていた」

    「多種多様な貝製品が確認されていて、中でも特に“貝符”というのが特徴的だよ」

たかや君「“貝符”って?」

明人先生「板状の小さなものでね。イモ貝などが素材で彫刻が施されている」

    「帯状の複雑な文様なんだけど、被葬者に着けられているところから何か意味があるのだろうが、今のところはよくわかっていない」

    「昭和32年からはじめた調査は平成の時代になって装飾を付けた人骨がまた新たに見つかっている」

    「遺跡の周囲には縄文時代後期から晩期にかけての遺跡も確認されているから種子島は間断なく人々が生活していたといえる」

    「サツマイモやサトウキビが有名だけどお米は今も基幹作物だから稲作もずっと続いていたんだろうね」

たかや君「種子島の隣には屋久島がありますよね」

明人先生「うん。最短距離にして18㎞ほどだ。でもこちらは全く様相が違う」

    「海から見てほとんど平らに見える種子島(標高は最高で282.4m)に対して屋久島はほとんどが山地なんだ(標高は最高で1936m)」

たかや君「山ばかりで平地がない」

明人先生「歴史的には『日本書紀』の616年(推古天皇24年)に屋久島に関するものと思われる記述が出てくる」

    「それによると、この年に30人の人が島にやってきて永住したということだ」

たかや君「それまでは人は住んでいなかったということですか?」

明人先生「集落の記述もないし遺跡も確認されていないなあ」

たかや君「ふ~ん地理的な違いで歴史もずいぶんと違ってくるんですね」

たかや君「先生、他には、どんな島を教えてくれますか?」

明人先生「九州の北、対馬について見よう」

    「九州と朝鮮半島のちょうど真ん中あたりに浮かぶ島だよ」

たかや君「そうすると朝鮮半島の影響をうけますよね」

明人先生「そうことになるかな。まず対馬が“歴史”に登場するのは『魏志倭人伝』から」

たかや君「書かれたものですね。そんなに古くから出てくるんですか?」

明人先生「そう。倭国のひとつ“対馬国”として“邪馬台国”に服属していると記されている」

たかや君「もうすでに今の名前“対馬”で呼ばれていたなんて!」

明人先生「考古学的には縄文時代からだ」

    「半島に近い割に旧石器時代の痕跡がないのは面白いね。この問題についてはいずれの機会に調べてみるとして」

    「峰町の『佐賀貝塚』や上県町の『志多留貝塚』が発見されている。外洋性の魚の骨や海獣などの骨が多く確認されているよ」

たかや君「さすが島ですね」

明人先生「『佐賀遺跡』からは貝輪の材料として沖縄の貝と北海道産の貝が出てきている」

たかや君「ということは、南と北で交易があったということですか?」

明人先生「そうだね。それに石器の材料は佐賀県の黒曜石が使われていたり、骨角器もたくさん発見されてるけどその中には北海地域で使用される離頭銛も入っている」

たかや君「わあ~すごく離れているのに繋がっているんですね」

明人先生「島というのは海によって孤立しているように見えるけど、むしろ海を通じて繋がっているといえる。海は道と考えるべきなんだ」

たかや君「そうなんですね、隔てるということで言えば高い山の方がずっと障害になる。海は障害ではなく立派な道ということか」

    「では、稲作も対馬には入ってきましたよね」

明人先生「峰町に『吉田貝塚』というのがあるが、縄文後期の夜臼式土器と弥生前期の板付Ⅰ式土器が出てきているよ」

たかや君「水田跡とか木製の農機具とかは?」

明人先生「うん、二種の土器が出てきて九州と同じ文化圏であることは確認されたけど、どうやら水田はあまり普及していかなかったらしい」

    「石包丁の出土もわずかで狩猟や採集、漁撈が中心として行われていたということだ」

たかや君「それでは縄文時代とほとんど変わらないですね」

明人先生「いやいや、大陸系の石器や青銅器・鉄器などが出土している」

    「“有柄式磨製石剣”がそれで、多く見つかっているよ。それに北九州で製作された“中広銅矛”や“広形銅矛”も出土しているんだ」

たかや君「つまり対馬というのは中間にあって南北の物資、半島=外国のものと、九州=(列島での)最先端の物が集まる所だったというわけですね」

明人先生「地理的に橋渡しの重要ポイントだからね」

    「対馬市の北部に弥生後期の墳墓群で『塔の首遺跡』というのがある」

    「箱式の石棺が4基確認されたんだけど、半島系のものと北九州系のものが一緒に副葬されていたんだ」

たかや君「どのようなものですか?」

明人先生「“方格規矩文鏡”や“銅釧(どうくしろ)”、陶質土器と“広鋒式銅矛”や玉などだよ」

    「“方格規矩文鏡”は中国後漢前期の青銅鏡に由来するものだろうか」

    「“銅釧”は銅でできた腕輪だ。列島でも弥生時代から作られているけど、こちらは朝鮮半島の物だよ」

    「大事なのはこれら副葬品の発見によってこれまで年代特定が明確にできなかったものが、一緒に出てきたことではっきりしたことだ」

たかや君「対馬って日本の歴史にとってすごく重要なんですね。最初に色々なものがここにやってくる」

明人先生「そしておそらく列島からもここを通じて朝鮮半島や大陸へ渡っていくんだ。江戸時代になっても対馬藩は朝鮮との交渉を一手に引き受けていたんだよ」

たかや君「対馬の役割ってすごい!」

たかや君「先生、対馬の歴史について見ることってできますか?」

明人先生「“対馬歴史民俗資料館”というのがあるよ」

    「船では博多港から厳原港(いづはらこう)まで、高速船で2時間15分。フェリーでは4時間30分。厳原港から車で5分、そこから歩いて15分」

    「飛行機で行くと長崎空港から対馬やまねこ空港までで35分。福岡空港からだと30分。空港から車で20分だよ」

    「休館日などもあるから、必ずHPで確認すること」

たかや君「大丈夫!了解です」


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